「魅せられて」の大ヒットで知られ、歌手としてはもちろん、女優や版画家としても第一線で活躍し続けているジュディ・オングさん。
華やかなドレスを広げて歌う姿は今も語り継がれる名シーンですが、ふと「ジュディ・オングさんの国籍ってどこなんだろう?」「ハーフなのかな?」と疑問に思ったことはありませんか?
台湾で生まれ、幼少期に日本へやってきた彼女は、後に日本へと帰化されました。さらに、現在の本名は少し意外で素敵な「翁ジュディ」さんなんです。
今回は、ジュディ・オングさんの詳しいプロフィールや国籍・本名の変遷、そして日本へ渡ることになった家族の歴史まで、たっぷり深掘りしてご紹介します!
ジュディ・オングのWikiプロフィール!年齢や出身や台湾名は?

まずは、ジュディ・オングさんの基本的なプロフィールからチェックしていきましょう!
彼女のマルチな才能の原点は、実に国際色豊かな生い立ちにありました。
- 生年月日:1950年1月24日
- 年齢:76歳(2026年7月現在)
- 出身地:台湾 台北市(本籍地:台南県柳営郷)
- 台湾名:翁倩玉(ヲン・チエンユィ / Wēng Qiànyù)
- 英語名:Judy Ongg
- 出身校:東京中華学校、ASIJ(アメリカンスクール・イン・ジャパン)、上智大学国際学部卒業
- 特技・語学:5ヶ国語(日本語、英語、台湾語、北京語、スペイン語)
- 雅号(版画家):ジュディ・オング倩玉(せいぎょく)
ジュディ・オングさんは1950年生まれで、現在76歳になられます。
70代を迎えた今も変わらぬ気品と美しさを保たれていて、本当に憧れてしまいますよね!
生まれは台湾の台北市ですが、幼い頃から日本で生活していたため、学校教育も日本の環境で受けられています。
東京中華学校やASIJ(アメリカンスクール・イン・ジャパン)を経て、上智大学国際学部を卒業されたという超エリートコース!
その素晴らしい環境もあって、なんと日本語・英語・台湾語・北京語・スペイン語の5ヶ国語を自由自在に操るマルチリンガルなんです。
コンサートでの国際的なパフォーマンスや海外メディアとのやり取りを見ていると、その知的で洗練された佇まいに納得してしまいますよね。
また、芸能活動だけでなく「版画家」としても日展で入選を重ねるなどプロ級の腕前をお持ちです。
版画家として活動する際は「ジュディ・オング倩玉(せいぎょく)」という雅号を用いられており、芸術家としての才能も遺憾なく発揮されています。
ジュディ・オングは何人?現在の本名は翁(おきな)ジュディ!
これ、知ってる?シリーズの時間です٩(^‿^)۶ pic.twitter.com/ppiZSKLMLK
— 🌸生の松原🇯🇵🌸⛩️ (@1y8Hao8uLAOhRlF) July 26, 2026
さて、ここからが一番気になる「国籍」と「本名」についての深掘りコーナーです!
国際的に活躍されていることから「台湾籍のまま活動しているのかな?」と思われがちですが、実はしっかりと日本国籍を取得されているんですよ。
1972年の日中国交正常化をきっかけに帰化
ジュディ・オングさんが日本へ帰化したのは、1972年のことでした。
この年は歴史的な「日中国交正常化」が行われた年でもあります。
当時の社会情勢やご自身の生活基盤が日本にあったことなど、様々な背景を踏まえて決断されたのでしょう。
実際に、1973年1月31日付の官報には、東京都三鷹市を住所とする「翁倩玉(ジユデイ・オング)」の帰化記録がしっかりと残されています。
幼少期から日本で育ち、日本の文化や人々に親しんできた彼女にとって、日本国籍を取得することはごく自然な選択だったのかもしれませんね。
日本名「玉恵」から改名
そして、実に興味深いのが「本名の変遷」なんです!
実は、1972年に帰化した当初、彼女が名乗っていた日本名は「翁玉恵(おきな たまえ)」でした。
「玉恵」というお名前も上品でとても素敵ですが、ずっと「ジュディ」として生きてきた彼女自身には、少し違和感があったようです。
後年のインタビューなどで、ご本人は「どうしても気持ちが玉恵にならなくて」と当時の胸の内を明かされています。
幼い頃から周りから親しまれ、自分自身のアイデンティティそのものであった「ジュディ」という名前にどうしても馴染めなかったのですね。
そのため、後に手続きを行って現在の本名である「翁ジュディ」へと改名されました。
自分の心とアイデンティティを大切にし、納得のいく名前を選び直したというエピソードを知ると、彼女の芯の強さと自分らしく生きる姿勢にとても共感できますよね!
ジュディ・オングはハーフではない?両親と台湾からなぜ日本に来た?

エキゾチックで洗練された顔立ちと「ジュディ・オング」というお名前から、「ジュディさんはハーフなの?」と疑問に思う方も多いようです。
では、なぜ台湾で生まれた彼女が、幼少期に日本へやってくることになったのでしょうか?
そこには、超華麗なる一族の歴史と、お父様のお仕事が大きく関係していました!
祖父は歴史的偉人と大地主
ジュディ・オングさんのご家族を調べてみると、驚くような華麗なる家系であることが分かります。
- 父方の祖父(翁俊明):医師であり、あの辛亥革命にも関わったとされる歴史的重要人物!
- 母方の祖父(劉北鴻):台南の歴史ある大地主。
- 父親(翁炳栄):台湾のラジオ局勤務を経て、GHQの要請で来日した超エリート。
- 母親(和江):厳格な父親を説得し、ジュディさんの芸能界入りを陰で支えた優しい母。
- 兄(翁祖模 / ツーモ・オング):有名建築家で、台湾高速鉄道(高鉄)の台中駅デザインなどを手掛ける。
ご家族全員がそれぞれの分野で第一線で活躍されているなんて、まさに名門中の名門ですよね!
日本に来た理由は父親の仕事
ジュディ・オングさんが日本にやってきた最大の理由は、お父様である翁炳栄(おう へいえい)さんのお仕事です。
お父様は中国語と英語が非常に堪能だったため、戦後、駐日米軍のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)から強い要請を受け、心理作戦部(ラジオの中国語放送チーフ)として工作業務に招聘されました。
このお父様のお仕事に伴い、家族全員で日本へ移住することになったのです。
なお、来日した当時のジュディさんの年齢については2歳か3歳頃の、物心つくかつかないかという超幼少期です。
日本へと渡り、そこから彼女の日本での素晴らしいキャリアがスタートしたことは間違いありません。
芸能界入りを最初は反対していた厳格なお父様でしたが、母親の和江さんが間に入って説得してくれたおかげで、今の「スター・ジュディ・オング」が誕生したという心温まるエピソードも残されています。
まとめ・ジュディ・オングの国籍は日本!出身国は台湾で本名は翁ジュディ!
今回は、ジュディ・オングさんの国籍や本名、そして日本へ来ることになった生い立ちの秘密について詳しく解説してきました。
最後に、今回のポイントを改めておさらいしておきましょう!
- 1950年に台湾の台北市で生まれ、父親のGHQ招聘に伴い幼少期(2〜3歳)に家族で来日した。
- 両親ともに台湾人であり、ハーフではない(歴史的偉人や大地主を親族に持つ名門の出身)。
- 1972年に日本へ帰化しており、現在の国籍は「日本」。
- 現在の本名は「翁ジュディ」。 帰化当初は「翁玉恵」だったが、自身のアイデンティティに合わせて改名した。
幼い頃に台湾から日本へ渡り、言葉や文化の壁を乗り越えながら、5ヶ国語を操る国際派スターとして駆け抜けてきたジュディ・オングさん。
「翁玉恵」から「翁ジュディ」へと本名を変更したエピソードからも、彼女がどれほど自分の名前と歩んできた人生を愛しているかが伝わってきますよね。
70代を迎えられた現在も、歌手・女優・版画家として多方面で輝き続けるジュディ・オングさんから、今後も目が離せません!


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